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はなしてみてわかること

第10回「モノリスソフト京都スタジオ設立」 取締役 本根康之、ディレクター 内山博、デザイナー 魚野紀子

 
杉浦:

今日は、今年10月に京都の四条通に面して設立した、モノリスソフト京都スタジオからお送りします。
ここ京都スタジオには東京本社から、 本根さん、内山さんにも来て頂き、開発作業を進めております。

それでは、京都スタジオにおける開発環境や、任天堂本社との距離が近くなったことによって
どのような可能性が広がったのかを聞いていきたいと思います。

宜しくお願いします。
 

一同:

宜しくお願いします。

 

まずは自己紹介

杉浦:

まずは、自己紹介からお願いしたいのですが、
本根さんは、以前インタビューにでて頂いたことがあるので、
今回は紹介を省かせて頂きまして。

 

本根:

あ、はい(笑)。

 
杉浦:

内山さんからお願いしたいのですが、
内山さんは確か、以前はスクウェア(現:スクウェア・エニックス)にいらしたんですよね。

 

内山:

はい、そうです。
ですが、スクウェアの前に、最初に勤めた会社、
日本テレネットという会社にいまして、猫が出てくるSFのRPG…

 
杉浦:

コズミックファンタジーでしたっけ?

 

本根:

よく覚えてますね(笑)。

 
 

内山:

そうです。
その「コズミックファンタジー」(PCエンジン)の開発をしていました。

その当時、原作者の方が漫画も描いていたので、
ドット打ちをしながら、漫画のアシスタントもしていました。

そのあと、スクウェアに入社して、「クロノ・トリガー」(SFC)で
キャラクターのデザインとドットを担当しました。
この開発の途中から本根さんと出会いまして…。

 

本根:

そうですね。
その当時わたしは、マップグラフィックを担当してました。

 

内山:

その開発も無事終えて、次に、
「ラジカル・ドリーマーズ」(サテラビュー)でキャラクター関連を担当し、
「ゼノギアス」(PS)ではメカモデルを担当、
「クロノ・クロス」(PS)ではキャラモデルを担当、
というように、開発に携わったのですが、
本根さんとは「ラジカル・ドリーマーズ」以外はずっと一緒にお仕事をしてました。

 

杉浦:

この当時はちょうど、
ドット画から3Dへの転換期だったと思いますが、
戸惑うことはありませんでしたか?

 

内山:

もともと模型などの立体物をつくるモデラーだったというのと、
既に「ラジカル・ドリーマーズ」で
3Dモデルを使っての作業をしていたこともあって、割とスムーズに入れたと思います。

 

本根:

内山さんはその頃、プライベートでなんですけど、
六角大王で3Dモデルを作って有名になった人でしたからね。

2Dのアニメ系キャラをポリゴンで
日本で最初に作ったひとじゃないかなあ。

 

内山:

それはちょっと大袈裟かと(笑)。
時期的にはそういったのが出始めた頃でしたけど。

 

魚野:

六角大王、なつかしいですね(笑)。

 

杉浦:

イラストを3Dにするソフトですよね。
内山さんは、そんなに有名だったんですか?

 

本根:

だいたい同世代以上の人で、当時のペンネームをいうと
知らない人はいない、っていうくらい有名なひとで、
その方面のエキスパートでしたね。

 

内山 :

はは(汗)。

それで、「クロノ・クロス」の開発が終わってから
本根さんと一緒にモノリスソフトの設立に参加して、
「ゼノサーガ EPI」(PS2)でキャラモデルと合体ロボを、
「バテン・カイトス」シリーズ(GC)ではモデリングディレクター、
「ソーマブリンガー」(ニンテンドーDS)でモデリングディレクターとアイコン等のドット絵、
「ドラゴンボール改」(ニンテンドーDS)でドットアニメーションを担当しました。

こちらも、「ソーマブリンガー」以外は、本根さんとずっと一緒ですね。
 

本根:

そうですね。
なんだかんだと(笑)。

 

杉浦 :

そして、ここ京都まで一緒になってしまいました(笑)。

 

本根・
内山 :


はは(笑)。

 

杉浦 :

では次に、魚野さんにお願いしたいのですが、
魚野さんはこの京都スタジオ立ち上げの際、入社して頂いた方になります。
それでは、ゲーム業界に入ったきっかけから教えて頂けますか。

 

魚野:

はい。
もともと芸術系の学校に進んだこともあって
将来は画を書く仕事に就けたらいいな、と考えていました。

ただ、自分の描くものはイラストよりのものだったので、
それを生かせる職業はなんだろう、と考えたときに
ゲーム業界が浮かびまして。

3次元の空間に、自分の画を描いたらどんなことができるのか、
そう考えるといろんな可能性を感じ、
ゲーム業界がとても魅力的なものに見えてきました。

それで最初に入った会社が大阪にあるゲーム開発会社でして
背景の仕事を10年ほどやらせて頂きました。

その間、ゲーム開発を何タイトルかやりましたが、
最後に手掛けたのは、海外向けのアクションゲームで、
このころにはもうほとんど
デザイナーまわりのマネジメント業務に携わっていました。

 

 
杉浦:

10年も同じ会社でやってこられて
そこからモノリスソフトを受けようと思ったきっかけはなんですか。

 
 

魚野:

そうですね。
もちろん、マネジメントも任されるようなり
責任ある仕事自体は満足していたのですが、
他のノウハウもそろそろ学びたいなと思うようになりまして。

いままで関わってきたゲームは
ほとんどがアクション系のものだったので、今度は、別のジャンルの、
いままでとは違う背景を作りたい、と考えるようになりました。

 
 
杉浦:

なるほど。

 
 

魚野:

それで、どんな会社があるだろうと探していたところ
たまたま「ゼノブレイド」(Wii)の映像を見て、
背景がものすごくきれいで、見た瞬間わあ、と思いまして。

それでホームページを検索してみると
社員数が100人もいない会社じゃないですか。

実際自分もWiiでデータを作ったこともあり、マネジメントもしてきましたから、
Wiiで、この人数で、どうやったらこんなにきれいな地形が作れるんだろうと、
興味をもって受けさせて頂きました。

 
 

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